バロックヴァイオリン
2010年3月
広島大学教育学部第四類音楽文化系コースヴァイオリン専攻卒業
4歳よりヴァイオリンを始める。広島音楽高等学校、広島大学教育学部第四類音楽文化系コースを卒業。
2010年に渡独、ドイツ・カールスルーエ音楽大学修士課程にてヴァイオリンの研鑽を積む。2015年ドイツ・フライブルク音楽大学修士課程をバロックヴァイオリン専攻にて卒業。オーストリアのザルツブルク・モーツァルテウム音楽院研究過程を経て、2017年スイス・バーゼル音楽院内の古楽専門の機関であるバーゼル・スコラ・カントルム特別修士課程を卒業。これまでにヴァイオリンを小西リコ、中島睦、瀬川光子、後藤明子、高旗健次、N. エアリッヒ各氏に、バロックヴァイオリンをA. チェン、K. ケップ、G. フォン・デア・ゴルツ、M. ザイラー、L. シャイエ各氏に師事。
2014年よりユーディ・メニューイン・ライヴ・ミュージック・ナウ奨学制度奨学生、2015年より中村音楽奨学金奨学生。2017年ビアージョ・マリーニコンクールにて一位受賞。ヨーロッパ、アジア各地でバロックから古典派までのレパートリーを中心とした演奏活動を行っている。2018年11月に拠点を台湾に移し、演奏活動や個人レッスンはもとより様々な大学や高校などの教育機関にてレクチャー演奏を行うなど、後進への指導を精力的に行っている。
私は4歳でヴァイオリンを習い始めた頃から既にヨーロッパに憧れていました。 特にバッハの音楽が好きなこと、また高校生の時に 初めて行ったオーストリアに感銘を受けたこともあり、将来はドイツ語圏に留学したいと思っていました。広島大学を卒業したその月には渡独、 そして翌月には カールスルーエ音大での勉強がスタートしてしまいました。広大でもドイツ語は基礎を少し勉強していたというものの、実際ドイツに来てみると周りの人が何を言っているのかさっぱりわかりませんでした。英語で話すことも許されません。ですから入学手続きの際、夏に実施されるドイツ語検定試験に合格しなければ強制退学させられる、と言われてしまった時は大変ショックを受けました。入学早々、音楽を学びに来たのに語学力不足を理由に退学させられては困るので、それから毎朝、音大ではなく総合大学の方に足を運び、厳しい試験に向けての集中コースで猛勉強しました。その間は楽器の練習をするよりもドイツ語の勉強をしていた時間の方が長かったかもしれません。その成果もあり試験には無事合格することができました。大変でしたが、このおかげでドイツ語を短期間で鍛えることができたので本当によかったと思います。なぜなら、これがのちに私の専門であるバロックヴァイオリンや古楽の勉強に大いに役に立つことになるからです。
カールスルーエ音大では普通のヴァイオリンを専攻していたのですが、2学期目から副科でバロックヴァイオリンを履修し始めました。私にとってバロックのレッスンを受けられることはこの上ない喜びでした。以前から古楽に興味があり機会があったら学びたいと思っていたので、ガット弦とバロック弓でバッハやそれ以前の音楽をチェンバロやヴィオラ・ダ・ガンバなどの通奏低音で演奏できることがたまらなくうれしく、自分が本当にやりたかったことはこれだったのだということを確信し、専門に勉強したいと思うようになりました。思い返してみれば、小さい頃からバロック音楽を特に好んで聴いていたり、またそれは古楽器で演奏したものだったりしました。その後、ドイツ4年目にはバロックヴァイオリンに転向しフライブルク音大に入学、 2年間大変充実したバロック漬けの時間を過ごしました。学校の勉強以外にも様々な教会ミサの演奏の仕事やバロック・アンサンブルをいくつも掛け持ちして演奏会をするなど、大いに活動の幅を広げることができました。
フライブルク音大卒業後は1年間オーストリア・ザルツブルクのモーツァルテウム音楽院の研究科にも通いました。その後もさらにバロックヴァイオリンを極めるべく、古楽の世界的機関であるバーゼル・スコラカントルム(スイス)に入学しました。スコラではトップクラスの教授陣のもと、世界中から集まる大変優秀な学生たちに囲まれて勉強するという貴重な経験ができました。演奏技術だけでなく、古楽の音楽理論などの座学やルネッサンス・バロックダンスなども重要視され、世界中の専門家が集まり定期的にセミナーなども開催されるので、古楽について大変深く掘り下げて知識を得ることができました。文献や楽譜などの資料もモダンに清書したものではなく当時書かれたオリジナルをそのまま読むことも期待されます。そして、この曲は誰がいつ頃何のために書いたのか、またどうすればこの曲の様式に合った演奏ができるのか、使用する楽器やその調律は・・・など挙げるときりがありませんが、ただ聴いていて心地が良いだけの演奏ではなく、歴史的背景に裏付けられた演奏を求められるのです。
正直モダンヴァイオリンを勉強していた時の「練習」といえば、多くの場合ひたすら練習室にこもって 楽器を鳴らし、一音も間違えないようにと難所を繰り返し練習することでした。しかしバロックヴァイオリンに転向してからは、練習といっても楽器を触ることだけではなく、それは文献を読むことや音源を聴き比べることであったり、チェンバロに向かい通奏低音を弾きながら楽曲分析すること、または美術館で絵画や彫刻に触れ、旅行をし、偉大な音楽家が実際に演奏した教会やオルガンなどを見て実際にその空気や言語に触れることだったりします。 演奏の際も楽譜通りに弾くのではなく、和声を理解しその中で即興演奏や装飾を入れるなど、非常に柔軟性が求められます。このように同じ音楽でも、古楽の勉強はモダンを勉強していた時とは音楽へのアプローチの仕方が全く異なってきました。さらにバロック以前の音楽は声楽から派生していることが多いので、ドイツ語や英語のみならずラテン語、イタリア語、フランス語、またはスペイン語など、様々な言語の知識が必要になってきます。しかもドイツ語や英語で文献を読んだり、定期的にプレゼンをしたり小論文を執筆したりすることも学習の一部です。ですから、古楽を専門にしてから、私は広大で勉強できて本当に良かったと思うようになりました。ドイツに来たばかりの頃は、周りは優秀な芸大や音大を出ている人達ばかりだったので少し引け目に感じていましたが、最終的に思うのは、私はやっぱり総合大学に行って音楽以外にも様々な教育を受け、たくさんの人と出会い、見聞を広めることができてよかったということです。今それらの経験が古楽の勉強に非常に役に立っています。当時は苦痛でしかなかったTOEICも大学で定期的に受験させてもらえていたなんてなんとありがたいことでしょう。遠回りに思えていたとしてもそういったひとつひとつの経験全てが自分の未来につながっていて私のアイデンティティーを形成しているのだと思います。 広島大学はとても大きく様々な授業が開講されていて、自分の在籍する学部にとらわれず興味のある講座にどんどん参加することができたことが私の糧になっていると思います。
そして今私は8年半過ごしたドイツを離れ、台湾に在住しています。ヨーロッパでインプットしたものをアジアでアウトプットできたら、という思いから バロックヴァイオリン演奏家・教育家として東アジアを中心に活動しています。自分でも思ってもみないような場所に行き着くものだと自分でもびっくりしていますが、広大時代の教育実習での経験や授業で学んだことは、卒業10年目を迎えようとする今も、日本の学校教育の枠を超えて大いに役に立っています。
あらゆる知識がインターネットですぐに手に入るような時代だからこそ、実際に肌で感じて体験をすることが非常に大切になってくるのだと思います。これからも芸術家として、五感をフルに使い、そしてセンスを研ぎ澄まし続け、素敵な音楽をできるだけ多くの人に届けたいと思います。